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徳川埋蔵金(林修)のその後の結果は?真実はない?次回の放送日も【2017】




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徳川の埋蔵金に関する放送はかなり昔からやっていましたね~。いつもなんらかの証拠らしきものが出てきて(掘っていくと石や土が人口的になって~)いいところで終わるという結末が多かったような気がします。

ただ、これまで埋蔵金というものは全く出てこなかったので大々的に番組で放送はなかったと思うんですが、2016年にはまた小さなブームが来て、なんとあの林修先生の番組でも埋蔵金の謎解きのスペシャル番組が放送されました。

2016年には決着しませんでしたが、2017年にまた「林修の歴史ミステリー 徳川家260年最大の謎 3000億円埋蔵金大発掘 最終決戦スペシャル」と銘打った番組が放送されます。

ここでは、番組では埋蔵金が見つかったのか?結果も含めてレビューしてみたいと思います。

「林修の歴史ミステリー 徳川家260年最大の謎」次回放送
放送日:2017年5月6日
放送時間:午後6時55分~

徳川埋蔵金の真実はどうなの?

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これからは管理人の勝手な想像ですが、5月の放送では埋蔵金は見つかってないと予想しているんですよね~(;´・ω・)もし推定3000億円と言われる金などが見つかったら、すでにニュースで騒いているような気がしますがどうでしょうか・・・?

埋蔵金があるかも~というロマンが番組を盛り上げているので、簡単に見つかってほしくない気持ちもあり、埋蔵金を見てみたい気持ちもあり複雑です。

埋蔵金の伝説

1868年4月に江戸城が無血開城となった際、当時財政難に喘いでいた明治新政府は幕府御用金を資金源として期待していた。ところが城内の金蔵は空であったため、幕府が隠匿したと判断した新政府軍による御用金探しが始まった。

出典:Wikipedia

当時、小栗上野介忠順が幕府の財政の責任者だったことから持って逃げたのではないかとか、「利根川を遡って来た船から誰かが何かを赤城山中へ運び込むのを見た」という目撃者の話まで出てきたために、赤城山が埋めた場所だと信じられています。

前回の12月の「林修の歴史ミステリー」では、真実を知っているといわれる小栗上野介忠順がいかに切れ者であったかを紐解いていき、幕府が開城した後、1868年2月28日に江戸を去り領地の権田村へ戻り、4月に処刑されるまでの間に何をしていたのかは誰も知らないということに疑問を持っていました。
 
小栗は、若干34歳の時に、日本とアメリカで取り交わされた、1858年の日米修好通商条約での通貨の交換比率の不平等をなくすために、遣米使節団の目付として参加する傍ら交渉をした人物。

これも、条約を変えるというわけでなく、アメリカ側に不平等なんだということをわからせるためと当時純度の高かった小判の質を落としても文句を言わせないための交渉をしました。

交渉に立つことになったのはやはりとても頭が良いことや度胸を買われてのこと。
たとえ、幕府がなくなったとしても何もしないということはないんじゃないか?というのが林先生と歴史学者の細田先生のお話しでした。

もし、見つかったらその額は現在の通貨価値でなんと約3000億円とも伝えられています。

12月の放送での進展は?

これまで、重機を使ったり、ヘリで金属探知機で捜索したりといろんなことをしてきました。結果はご存知のとおりといいますか、まだ見つかっていません。

今回堀った場所は、赤城山の中腹、芹ケ沢付近なんですが、ここでは親子3代で掘り続けている水野さん以外にも、1938年から30年掘り続けた三枝茂三郎氏が掘っていた場所。

この三枝さんは、最も埋蔵金に近づいたといわれる人物ともいわれているそうです。

まずは地下探査からはじまり、空洞のようなものがあることがわかります。その場所を重機で掘っていくと突然人間が掘ったような穴が数個見つかります。穴には、人間が掘るときに傷つけたような穴で、100%人工的な穴だということになりました。

穴を埋め戻したあともあり俄然可能性が高くなったと思うも結局なにも出てこなかったんですが、地中探査の結果あと2か所反応があった場所があり、掘り進むには面積を広げないといけないことから、一旦そこまでとなり次に期待がかかることになりました。

徳川埋蔵金はみつかるのか?!

「林修の歴史ミステリー 徳川家260年最大の謎 3000億円埋蔵金大発掘 最終決戦スペシャル」と題して5月6日の放送分のネタバレです。

前回と同様、穴を掘り進めると同時に、林先生の幕末の状態から埋蔵金があったかもしれないという裏付けとの両方からの話でした。
スタジオでの林先生のお話しは幕末の秘密的な感じでしたので、埋蔵金に係るところをピックアップします。

まずは、現場の穴の謎から・・・
謎の複数の穴の解明と地中探査で見つかった長方形のポイントを掘り進めます。

前回の3倍以上の場所を確保し今回掘るポイントは3か所
①石積みの穴
②二股の横穴
③地下探査で反応があった場所

石積みの穴には人工的な石を積んだ穴が出てきたが反対側にもさらに新しい人工的な穴を発見

①石積みの穴
低いところには大きい石がありまさしく積んだような感じになっていて取り除くと奥につながる穴は2mほど掘り進むと天然の層がありました。探してもなにもないもしかするとダミーの穴?

穴に入り最新科学で地層を調査、3次元非抵抗探査(電気の高低差で空洞、異物、地層の変化を立体的に映し出す)を使います。 27mのライン7本、189本の電極を地面に差し込み測定

解析結果が出ると一度空洞があったところをまた埋めたような形跡があらわれたのこと。埋蔵金への入り口と仮定して手で掘り始めると明らかに地面は柔らかい層なので盛り土だとわかるが掘っていくと石と土で覆いかぶされていた。

②二股の横穴
天井部分から、パワーショベルで掘り始めると複雑に枝分かれしている穴がある。右の穴を手で掘っていくと2mほどで天然の層にぶちあたる。
ダミーーだったのか?

愛知県岡崎石工団地青年団という石堀のプロ集団を招いて当時の手法で掘ってもらうことにすると、現場の壁についている人工的な傷とそれはよく似ていました。

新たな穴も発見されその穴に入っていくとひときわ大きな石積みがあるが掘り進めるも天然の層

幅1m、高さ2mの穴も見つかるがおそらくダミーの穴がたくさん造られている場所らしい。その穴もパワーショベルで堀すすめるもやっぱりない

③地下探査で反応があった場所
場所のお祓いをし、深さ10mまで達するくらい堀すすめます。

★小栗上野介の新資料を細田先生が出してきて解明しています。
風聞記・・・信濃の国(現在の長野県)に伝わった幕末の風聞書き(噂)を書き留めたもの
罷免されてから小栗は自分の知行所である権田村に帰って築城を始めた。
将軍を代えてでも抵抗する姿勢を見せていた男だったようだ。
勘定方をしていて生糸を貿易したときの運上金(税金)を自由にしていて油や酒の樽に詰めて二分金の形にして国元に送金している記録があり金七十となり相当な膨大な額である。

最後まで軍資金を集めて抵抗しようとしていたので埋蔵金のお話しは大いに信ぴょう性がある。

現場には方位術奇門遁甲の達人、上海から白鶴易人が来ていました。
前回に埋蔵金のありかを示すとされる銅板の写しを渡して解読をしてもらっていた人です。

前橋城を中心として方角を割り出すと、前橋城から北東の方角に埋蔵金があると指南
発掘現場もおなじく北東に位置していた。

現場でじゃ探龍尺という中国の器具をつかい地場のエネルギーをチェックすると掘っているところに向け止まる。銅板が見つかったお寺に行きさらに鑑定をすると発掘現場を指していた。

庚申塔が重要な鍵となるらしく、中国では庚申とは金を埋めるという意味もあるらしい。先生の判断は間違いないでしょうとのこと・・・。

後押しもあり深さ12mまで掘り進めまたもや地表の調査も進めながら15mも掘り進める。深さ20mまで掘りさらに掘り進めるもなにも出てこなかった。人口的なものはなかったが大きな石がどうやら反応していたとのこと。

地下探査の結果、ほかにも地下25mに空洞がある。そこを掘ると大きな竪穴が見つかります。人工的なもので竪穴の下に横穴が見つかります。ノミで削った跡もあるが安全上断念。
 
結局今回は見つからなかったが、まだ次回につながりそうな結末でした。
う~ん・・・やっぱり見つかりませんでしたねぇぇ~。見た感じ、すごく深い穴をパワーショベルで掘っていってるんですよね・・・。いくら260年前といえそんなに地表が上がるのかな~(;´・ω・)

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