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池田理代子の夫は日銀の賀来景映それとも誰?妹の優子との関係とは?




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「ベルサイユのばら」や「オルフェウスの窓」など有名な漫画を描いた池田理代子さん。「ベルばら」を連載してからすでに40年以上経っているにも関わらずいまだに、宝塚でも演じられていますし、過去にはこの題材で外国の映画にもなるくらいでしたのでその影響力というのはすごいものがあります。

池田さんはベルばらがヒットしてからずっと超人気漫画家として第一線を走ってこられたのですが、かけだしはかなりの極貧生活をしておられたようです。

池田理代子さんのプロフィール

生年月日:1947年12月18日
出身地:大阪府大阪市
血液型:AB型
 
千葉県柏市育ち、都立白鴎高校を経て、東京教育大学文学部哲学科に入学する。もとは学者になるつもりだったが、大学在学中に仕送りがなくなってしまい生活をするために漫画を描くことになります。
しかし、出版社に持ち込んでも技術の未熟さを指摘されて採用されず貸本屋向けに執筆する仕事を始めます。地道に努力をして1967年にやっと出版社からスカウトされてデビューを果たします。

ご自身には記憶がないそうですが、小学校のころは教科書やノートの余白がなくなるほど漫画を描いていたんだとか・・・。デビューしてからベルばらが売れるまでには、相当苦労をされたようで、きちんとした原稿料をもらうまでは、1個5円のお麩で過ごしたこともあるようです。

ベルばらがヒットしてからは忙しさのために大学に通えず7年たち中退となっています。

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ベルサイユのばらを描くきっかけは?

ベルサイユのばらの漫画はあまりにも有名なので、ご覧になった方は多いのではないでしょうか?

当時の流行だった、きらきらお目目の女の子とはまた違ったものを書いてもよいのではないかとベルばらを思いついたそうですが、歴史ものであるシュテファン・ツヴァイクの小説『マリー・アントワネット』を読んだことに影響を受け、革命の時に市民の味方についた実在のフランス衛兵隊を指揮する人を描きたいと思ったのかきっかけだそうです。

しかし描き始めたときはまだ24歳、男性のことや考え方生き方なども想像がつかなかったので、オスカルという男装の女性が生まれたんだとか。

革命により市民側についたアンドレとオスカルが亡くなってしまいお話しが完結していたのですが、その後は宝塚で舞台となっていることはあまりにも有名です。
原作が誕生してから漫画にとどまらずに実写映画やパチンコ、はてはバラの新種まで出ていましたね。最近では、四コマ漫画の「ベルばらKids」なども描いておられるようです。

ベルばらが社会現象となった頃から、事務所の社長として池田さんを支えているのが妹の優子さんです。あまり表には出てこられませんがその存在を「徹子の部屋」で語られるようです。

池田理代子さんのご主人は?

池田さんはこれまで複数回結婚をされています。1度目は編集者の方、2度目は乗馬クラブの先生、そして1995年には日銀で今は大和総研副理事長をされている賀来景英さんとも結婚をされていたようです。
 
さらに・・・もうひとり旦那様の名前が出てきたのですが、そのお相手はオペラ歌手の村田孝高さん。おそらくこの方が今のご主人ですね。すると再々々婚ということになるんですかね~(;´・ω・)

恋多き女性だと思ったら、実はまだあるんです。その間には不倫も2度あり噂となっていて、1984年には政治家の松谷蒼一郎さんとの会話をマスコミに送り当時話題となったほど。

この会話というのが、普通の会話ではなく「大ゲンカ」しているところだったので、衝撃はひとしおだったんですね~。ワイドショーでももちろん取り上げられてそのあと、騒動に対しての会見を開き「相手にあやまってほしかった」と語ったそうです。

今でもお上品で綺麗ですからね~男性が放っておかないのかもしれません。

池田理代子さんは声楽家という一面も!

池田さんはやはり漫画家というイメージが強いのですが、実は声楽家という一面もおもちなんです。しかも音楽大学に通って勉強されていますので本格的なものです。

40歳を超えて更年期障害に悩み、あと残りの人生を考えるようになり悩んだ末に45歳で東京音楽大学声楽科に入学しています。音大は無事卒業をされCDなども出されています。

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