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藤村俊二の若い頃の伝説とは?!経歴や実家がスゴイ!




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ぶらり途中下車の旅などのナレーターとしてもよい味を出していたおヒョイさんこと藤村俊二さんが82歳でお亡くなりになりました。原因は心不全ということだけわかっています。

亀田病院というところに入院していたと言われていましたが、突然の訃報に驚かれた方も多いのではないでしょうか?

おヒョイさんといえば、テレビに出てくるだけで存在感があり、面白いことを言っているわけではないのになぜか笑いが出てくるような味のある方でした。ご冥福をお祈り申し上げます。

藤村俊二さんのプロフィール

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生年月日:1934年12月8日
出身地:神奈川県鎌倉市
俳優、タレント、振付師、声優

スバル興業の社長をしている父のもとに生まれる。小学校と中学校は暁星学園、大学は早稲田大学演劇学科に入学をするも中退、東宝芸能学校舞踊科を卒業し、1960年代に日劇ダンスチームとしてヨーロッパにわたります。

しかし、現地のレベルの高さに驚き自分で踊るのではなく振付師として活動することになります。

藤村俊二さんの若い頃の伝説とは?

藤村さんのお父さんはスバル興業というところの社長さんです。車のスバルではなく、高速道路のメンテや外食部門など幅広く事業展開している会社です。実家の場所も鎌倉市なのを見ると、すごいお坊ちゃまだったことがわかりますよね。

育ちの良さというかとても素直な雰囲気を持っている藤村さんがたまにテレビに出るとなぜかその場が和むような気がしていました。しかしそんな藤村さんも若い頃には武勇伝があるらしいんです。

昔、藤村俊二が接触事故をした時にパッと見では分からないような傷なのに狂ったようにまくし立てる相手にカチンときて、「いいですか?本当の衝突とはこういうものです」と言ったと思うと、自分の車に乗り込み、相手の車に思いっきりぶつけたらしい。

この噂は凄いですねぇぇ~現在なら、二度とテレビに出れなくなっちゃいそうですよね。
豪快というか、筋を通す姿勢はカッコよく見えますよね。

藤村さんはタレントや「ぶらり途中下車の旅」のナレーターなどでも有名ですが、若い頃はダンサーとしても振付師としても活躍されていたんですが、なんと「8時だよ!全員集合」やCMのレナウン「イエイエ」の振り付けもしたらしいですよ!

番組の最初に「エンヤーコラヤッ」と歌う部分のあそこはおヒョイさんの振り付けだそうで、「腕・肩を順番に触るだけの単純な動作だが、忙しく踊っているように見えるように」という考えで作ったんだとか・・・。

まさかあの踊りにこんな意図があったとは知りませんでした(;´・ω・)
 
しかも、「8時だよ!全員集合」って、ドリフターズが出ている、当時の子供たちがみんな見ていた国民的な大人気コント番組でした。視聴率も平均で27.3%で1973年には50%超えをしたくらいのお化け番組だったんです。

その、ギャグアドバイザーをおヒョイさんがしていたというんですから驚きです。

芸能界の他にも、南青山でバーを経営したり、三谷幸喜作品にも度々ご出演したりと多彩な才能を見せておられました。執事役が似合う芸能人にも名前があがっていたとのことで、なんとアニメの「黒執事」にも声優としてご出演されていたらしいですよ。

タナカというキャラは藤村さんがモデルだという噂もあります。

とってもお元気で楽しい方だったので、若い人ともコラボしてもっといろんな活躍を見たかったな~と思うととても残念です。

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